大阪高等裁判所 昭和30年(う)2107号 判決
弁護人は、原判決は被告人の業務上失火の事実を認めたけれども右は事実の誤認である。被告人には何等の過失もなかつたのであると主張し、その理由を詳述している。
しかして、原判決が被告人の過失を認めた各事由についての当否は後に個別的に検討するのであるが、本件失火の責任についての当裁判所の見解を先ず総論的に説明する。思うに、消防法にいわゆる危険物に該当する物件は当然に火災をおこす危険率の極めて高いものであるから、これを貯蔵保管するに当つて火を失しないよう相当の注意を取扱主任者において怠らないことが要請せられることは当然であるが人間の注意義務の履行については期待のできる限度があるので、取扱主任者の注意にのみ頼つていては危険を十分に防止することはできない。そこで、かかる危険を十分に防止するためには、貯蔵所の構造、設備や防火設備とくに延焼を防止する設備の設置などの物的設備を完全にすることが、先ず第一になされねばならない事項であると考えられる。この故にこそ、消防法及びこれに基く京都市危険物保安条例を通読してみても、防火設備や貯蔵庫の構造及び設備について厳重な規定を設けているのである。もちろん、取扱主任者の資格についての規定も設けられているけれども(右条例一七条及び京都市危険物取扱主任者資格試験規則)、それが高度の専門知識と特別に深い経験を要求しているものではない。すなわち、危険物の貯蔵保管については、人の注意のみに頼らずに、物的設備の完備に頼るのが文明な方策といわねばならない。しかして、かかる物的設備を完備する責任は営業主にあるこというまでもない。この観点に立つて本件事案をみるに、原判決の認定するところによると「前記倉庫内に貯蔵するフイルム特に製作年度の古いものが同月二十四日午前七時四十分頃自然発火して爆発し前記小窓から吹き出した火焔が附近の建物に延焼し、その結果人の現在する同撮影所建物である編輯室、所長室、俳優部屋、ステージ等四棟延べ五百十六坪及び人の現在する附近の家屋、石川純一外十一名所有の住家十二戸を焼燬するに至らしめたものである」というのであるが、当審検証の結果によると京都市危険物保安条例所定の防火建築倉庫と防火壁を築造してあつたならば右の延焼の結果は十分にこれを防止できたものであると認められる。従つて、たとえ被告人においてフイルム保管について何等かの過失があつたとしても、本件倉庫が右条例のような構造設備のあるものであつたならばそれでもなお本件延焼の結果が発生したものとは到底考えられないのである。すなわち、被告人にフイルム保管について業務上過失があつたとしても本件延焼の結果との間に相当な因果関係があるとはいえないのである。然らば使用人たる被告人に失火の責任を負わしめることは失当であると考える。
次に弁護人の掲げる理由を検討しつつ原判決を破棄しなければならない理由を詳述することとする。
第一、原判決は、本件貯蔵倉庫内には昭和七年頃製作せるフイルム千瓩位、同八年頃製作のもの二百瓩位、同十一年頃製作のもの五百瓩位、同十四年頃製作のもの二百二十瓩位、製作年度不明の屑フイルム四百八十瓩位を含む約五千瓩余のフイルムがそれぞれ金属製の罐に納めて貯蔵せられていた旨認定しているのであるが、その挙示する証拠によつては右事実は十分に認められない。右各証拠を検討するに、
一、(1)被告人の検察官に対する供述調書第五項の記載及び司法警察員に対する各供述調書中に原判示の右フイルムを貯蔵していた旨の供述記載があるけれども、右供述は弁護人所論の通り措信することができないのである。被告人は原審公判で古いフイルムは進駐軍の命によつて全部供出していたので当時同倉庫には存在しなかつたのであるが、右取調当時右供出の事実を失念していたと弁解しているので、その当否を審究すると、原審証人高橋忠男の尋問調書によると、同証人は昭和二十二年松竹本社に企画渉外課が出来その課長に就任し現在に至つているものであるが、昭和二十四年六月進駐軍から古フイルムの供出を命令して来たので大船、京都の各撮影所に通知し古フイルムを本社に取り寄せ進駐軍当局に納入した。押収に係る証第三号上映禁止京都撮影所新分C、C、D、納入原版明細書はその時のリストであつて京都撮影所が作成したものである。右明細書は本社にある書類中の明細書を謄写したものである。本社に取り寄せたフイルムは一部でも京都へ返したことはない。右リストの作成者は被告人であつた事実が認められ、原審第十六回公判における証人高橋吾郎の供述によると、同証人は本件事故発生当時京都撮影所次長の職にあつた者であるが、昭和二十四年六月頃古フイルムはリストを作つて全部東京の方に送つた。一部東京から返つたりして移動していたが火災発生の半年前昭和二十五年一月頃にもトラツクに一杯フイルムを送つた、この時は進駐軍から立会に来ていた。それで殆んど全部持つて行かれたと証言しているのである。従つて本件事故発生当時右貯蔵倉庫に原判示の多数量の古フイルムが存在していた事実を認めることは困難である。しかるに被告人は右各供述調書で司法警察員及び検察官に対し原判示に照応する供述をしているのであるが、右供述は被告人が弁解しているように右供出の事実を失念していた結果なされた真実にそわない自白であると認めるの外はない。検察官は、もし被告人において古いフイルムを進駐軍に供出していた事実を忘却していたとすれば一ケ月一度づつフイルムの点検をしていたという供述自体を疑問視しなければならないと主張しているが、過去において一回あつたことと幾回も繰りかえして行つていたこととについて記憶に差異があつても異例なことではない。なお、原判決は「押収第三号書面に記載のフイルムを進駐軍に提出していたことを被告人において忘れていたとしても被告人は昭和二十四年以降判示倉庫内のフイルムを保管することを日常の業務とし六箇月毎に約一箇月にわたり点検し、本件出火より十二、三日前倉庫内フイルム全部につき点検した旨当公廷で述べている点よりして被告人の貯蔵フイルムに対する記憶は正確でどの辺にどのようなフイルムが幾何存在することは正確に記憶しているものとみなければならない」と説示しているのであるが、本件貯蔵フイルムの数量の多かつたこと、製作年度もいろいろであつたこと、その点検には一回一箇月以上を要すること、点検はフイルムの現状を見るのが目的であつてその製作年度を調べるのが目的でない事実に徴すると、たとえ被告人が貯蔵フイルムの保管を日常の業務とし六箇月毎に一回宛フイルムを点検し本件事故発生の十二、三日前に点検を終了した事実があるにしても、通常人の記憶力に従えば被告人が原判示の古フイルムの存在するかどうかについて正確な記憶をもつていたものとは到底考えられない。
原判決は「それ故に出火当時捜査機関又は消防署に対する口頭又は書面により一致した正確な報告をなし、さらに出火より二年数箇月を経過した後において検事に対し右と同旨の供述をしているのであるからこれらの供述の価値は強大である」と説示しているが、古フイルムに関する被告人の記憶が真実にそわないものであることは右に説明した通りであるから、たとえ幾度同一内容の報告乃至供述がなされた事実があるにしても、これがために右供述の信用性が強化される理由はない。もつとも、原判決も「然るに被告人は昭和二十七年十二月二十五日起訴せられ同二十八年二月十一日の公判において初めて進駐軍に提出した分のあることを忘れていたと主張するに至つたがその提出の事実はあつたであろう」と説示して供出の事実を認めているが、原判決は「押収第三号証の記載内容よりして昭和七年、八年、十一年、十四年製作のもの全部を進駐軍に提出した趣旨には解せられない。戦争気分闘争思想を誘発するものと認められるものに限定しているものと解せられ、被告人が検事に供述した程度の昭和七、八、十一、十四年度製作のものは本件出火当時残存していたものと確認するからである。同様の理由により押収第五号の図面は信を措き難い」と説示しているが、かような認定をするに足る証拠は記録上発見されない。
(2)原判決挙示の「原判示撮影所長宮崎滝造が昭和二十五年九月七日附を以て京都市消防局長に提出した危険物倉庫見取図にして右撮影所長の署名のあるもの(検甲第三十三号)の記載」は被告人の真実にそわない記憶によつて作成せられたものであることが認められる。すなわち原審第五回公判で証人宮崎滝造は検甲第三十三号は高橋吾郎が提出したものと思うと述べ、同第十六回公判で証人高橋吾郎は検甲第三十三号は知らない、被告人が書いたと思うと述べ、原審第四回公判の証人安藤直次郎は京都市消防局火災原因調査係であつて本件火災原因を調査した者であるが、当日被告人を通じて撮影所の明細を報告するように依頼したと供述しており、被告人は原審第十七回公判で消防局の安藤技官から提出するようにいわれていたので検甲第三十三号見取図の原稿を作り技術部を通じ青写真にして提出したと供述している。しかして、右原稿は被告人の真実に合致しない記憶に基いて作成せられたものであるから右見取図に十分な信用を与えることのできないこと明白である。
(3)原判決は安藤直次郎が京都市消防局長に宛てたる判示撮影所の火災原因調査報告書中第四項の記載(昭和二十五年十月七日附検甲第二十二号)を証拠として掲げているが、同報告書並びに原審第四回公判における証人安藤直次郎の証言によると右調査報告書は右見取図に基いて作成せられたものであることが明白であるから、右調査報告書第四項もまた証明力を有しないものと考えられる。
(4)原判決は原審第四回公判における証人安藤直次郎の供述記載を証拠として掲げているが、同証人の証言によると当時本件倉庫に貯蔵せられていた古フイルムの製作年度及び数量等は被告人の報告に基くものであることが認められ、右報告が真実にそわないものであることはさきに説明した通りである。
(5)原審第十五回公判における証人宮崎滝造及び原審第十六回公判における証人高橋吾郎の各供述によつては本件古フイルム貯蔵の事実は少しも認められない。
(6)原判決は原審第五回公判における証人植木弥七の供述記載を証拠として掲げているが、同証人は本件火災当時京都市消防局予防課で査察の仕事をしていた者であつて、本件火災発生前の昭和二十五年七月十二日本件倉庫を査察した者であるが、その時米カラトに題名が書いてありそれによつて何時頃のものか見当をつけたところ十年前頃のものがあつたと述べているのである。従つて右証言によつては原判示古フイルムの存在を証明するわけにいかない。
(7)原判決は被告人の原審第十七回公判の供述の一部を証拠として掲げているが、同公判において被告人は検甲第三十三号見取図は自分が原稿を作成したもので原稿の通りであり、司法警察員及び検察官に対して古フイルムのことを供述したことは相違ない旨述べているのであるが、つづいて右見取図や供述はいずれも間違いであると弁解しており、右弁解が真実に合致するものであることはこれまでに説明した通りである。
以上各証拠を検討した結果を綜合すると、本件フイルム貯蔵倉庫内には原判決認定のような製作年度の極めて古いフイルムが本件火災当時貯蔵されていたことは確認できない。
なお、原判決認定の製作年度不明の屑フイルムが四百八十瓩位金属製の罐に納めて貯蔵せられていたのであるが、それは昭和二十二、三年度のものであることが原審第十七回公判における被告人の供述によつて認められる。
思うに、本件火災の原因がフイルムの自然発火以外に考えられないとしても、自然発火の原因は古フルイムに限るわけのものでなく現像処理の不完全によつて化学変化をおこすこともあるのであるから、問題の重点は古フイルムが貯蔵せられていたかどうかの点ではなく自然発火の明白にして現存の危険を被告人において予知できたかどうかの点にある(第六の説明参照)。
第二、原判決は「夜間窓を閉鎖し、ことに同月二十二日午後五時頃より同月二十四日朝まで長時間右倉庫の入口並びに小窓の鉄扉を閉鎖して密閉状態を続けて通風換気を計る等必要なる措置をとらなかつた」「かような措置は夏季における室内の通風、換気を不良にしフイルムの自然分解を促すもので適当な措置でないことはいうまでもない」と説示しているのであるが、鑑定人笹井明の鑑定書によると「この貯蔵室の密閉は室内の温度の上下に大きな関係があり、フイルムの分解によるガスの換気のためにも重要であるが、フイルムそのものは罐に入れられているのである(と考える)から、フイルムの接する空気と貯蔵室の空気とは流通が悪く、貯蔵室の多少の換気の良否、特に数日間の密閉はフイルムに接する空気の分解、発生ガスの濃度を甚だしく変えるものとは考えられない。フイルムに接する空気のガスの濃度については罐をあけてフイルムの状況を点検すると共に罐内の空気をかえることの有無が問題であつて、貯蔵室の換気の良否はこれにくらべれば第二義的なものと考えられる」と記載されており、また原審鑑定人鈴木太郎の尋問調書中には「日曜日に閉めていたのでそれが原因だとはいえませんその場合日曜日窓を開けていても火事は発生していたものと思います」と記載されており、当審検証の結果によつても本件事故後に設備せられた新貯蔵庫におけるように自動的な換気装置を設けなければ十分な通風換気を行うことはできないものと認められる。従つて本件自然発火の原因はむしろ貯蔵庫の設備の不十分にあるものと考える。
第三、原判決はその掲げる証拠によつて昭和二十五年七月は気温並びに湿度共に高くフイルム特に製作年度の古いものが化学的変化を起して分解による自然発火の危険率が高い状況にあつたと説示しているけれども、当時本件倉庫には製作年度の古いフイルムの存在していたと断定できないことはさきに説明した通りであり、また自然発火の明白かつ現存の危険を被告人が予知できたかどうかが問題であつて、此の点は後に説明する。
第四、原判決は被告人が昭和二十五年七月十二日頃危険物検査のため特別査察に来所した所轄消防署係員から同倉庫内に異臭があり瓦斯が発生しているものと思料されるにより通風換気を良くするとともにフイルムの点検を十分にして発火の危険を防止すべき旨警告を受けた旨認定しているのであるが、その挙示する証拠によると証人植木弥七は原審第五回公判において本件火災発生当時消防局予防係の査察を担当しており昭和二十五年七月十二日北村及び藤と共に定期の査察をした、どんな注意を与えたか覚えていない、フイルム貯蔵庫に入つたのは初めてである、特殊な臭がしたので被告人に注意した、倉庫そのものが換気不十分なのでフイルムを一々点検するよう指示したと述べ、同第十九回公判で原判決挙示の特別査察結果報告書(検甲第三十七号)は右査察当日同証人が書いて上司に提出したものでありフイルム本来の臭は知らないと述べ、更に弁護人より右報告書で貯蔵庫内に入つた時異臭がしたと記載されてあるが、本来のフイルムの臭がわからないのに異臭があつたかどうかわからないではないかと問われ黙して答えていない。また証人藤明夫は原審第五回公判で昭和二十五年七月十二日頃植木や北村と本件倉庫を査察した、倉庫の中に臭気を感じた、植木が被告人に臭がすると言つていた、機関雑誌によると発火するときはアマズツパイ臭がすると書いてあり、そのような感じがした、これまでフイルム倉庫に入つたことは一度もない、フイルム倉庫の臭は松竹の倉庫で初めて嗅いだ、フイルム本来の臭はわからない、臭でフイルムがどのようになつているか判断がつかないと供述しているのである。以上の供述によつて明らかなように本件倉庫を昭和二十五年七月十二日頃査察した植木弥七等はフイルム本来の臭も知らないし、もちろん自然発火に近いフイルムの臭も知らないのであるから、フイルムの臭によつてフイルムの化学変化の状況など判断できるわけはないのであつて、右植木等が右倉庫内に異臭があると感じ瓦斯が発生しているものと思料したものと解することはできない。従つて、これがために特に警告を発するわけもないし又発したと認められる証拠もないのである。被告人自身も検察官に対して「右の臨検の際係官から異臭がしているから特に注意せよといわれたかどうかの点でありますが、臭い匂がしているから注意せよという事は臨検の際の係官からの時々いわれて居りますが私は始終倉庫に出入して慣れつこになつて居りますので臭い匂が余り感じませんからこの時も左様な注意を受けたかどうか判然した記憶はありませんが係官が注意したと申して居れば注意を受けたかも知れませんが」と述べているように、その時の注意の程度は自然発火の危険が明白にして現存していることを警告したものではなく、監督者が被監督者に対し発する平素の注意程度のものであつたと認められる。もし係官が自然発火の危険を具体的に予知していたとすれば、営業主にも警告すべきであるし、危険なガスを発生している部分を確認して適当な処置をなすことを指導したであろうと思われる。検察官は、悪臭を放つているフイルムの存在を知りながら直ちにこれが点検を怠り放置したために本件が惹起されたことは一点の疑を入れないと主張するけれども、さような断定を下すに足る証拠は存しない。
第五、原判決は「叙上の如き状況のもとにおいてはフイルム取扱主任者として、倉庫内のフイルム全部につき個別的に罐を開けて点検して瓦斯を発散せしめ換気し発火危険のものを発見して危険防止の措置を講ずるはもちろん、夜間または日曜日休日といえども入口や小窓の鉄扉を開放して通風換気に努める等常に災害の予防に万全の注意を払い危険発生の虞あるときは直ちに相当の措置を講ずべき業務上の注意義務がある」と説示しており、被告人に常に災害の予防に万全の注意を払い危険発生の虞あるときは直ちに相当の措置を講ずべき業務上の注意義務の存することは当然のことであるが、被告人の会社における業務はフイルム係であつて生フイルムの保管、出納に関する事項、完成ネガ及びポヂの保管出納並びに輸送に関する事項、その他フイルム保管に関する一切の事項であつて、フイルム貯蔵倉庫におけるフイルムの盗難と火災特に引火の予防がその主たる任務であり、当時会社のフイルム係は被告人一人であつたことが被告人の当審第二回公判における供述によつて認められるので、右原判決認定のように高度な注意義務を被告人に期待しても到底これを果すことができない実情にあつたのである。原審第五回公判における証人植木弥七及び藤明夫の各証言によると本件火災発生の直前本件倉庫には金属製の罐に一巻づつフイルムが納められ、更に金属製米カラトに数巻づつ納められており、二万瓩近くの数千巻のフイルムが納められていたことが認められる。被告人の原審第十七回公判の供述によると一通り個別的に罐を開けて点検するには一箇月以上を要するのである。従つて、たとえ原判決認定の通り被告人が消防係員から警告を受けたことが真実であるとしても、それは昭和二十五年七月十二日のことであり本件火災は同月二十四日に発生しているのであるから(被告人は右警告直前定期の点検を終了している)、更に個別的に罐を開けて点検して瓦斯を発散せしめて換気し発火危険のものを発見して危険防止の措置を講ずることは不可能の状態にあつたことが明らかである。また、被告人の当審第二回公判における供述によると会社の規定として被告人は一般の職員と同じく昼間だけの勤務で宿直の制度はなく、夜間と休日は警備係においてフイルム貯蔵倉庫の鍵を預かつてもらうことにきまつており、日曜には被告人は勤務しないことになつていることが認められる。しかして当時フルイム貯蔵倉庫の係は被告人一人であつたのであるから、夜間、休日まで勤務することを期待することは不可能であることもちろんであり、本件倉庫の入口や小窓の鉄扉を開放して通風換気に務めることはもとより当然のことであるが、盗難の予防もまた被告人の任務であるから夜間、休日までもこれを開放して監視を続けることは通常人の肉体的な能力の限界をこえ不能を強いるものといわなければならない。これを要するに取扱主任者の注意義務に期待できる程度は営業主において相当な物的設備と人的補助手段を講じていることを前提とするのであつて、それらの不備による結果を全て取扱主任者の責任に帰せしめることは条理に反するものと考える。
第六、原判決は、被告人が右業務上の注意義務を怠り右倉庫内のフイルムの点検をなすことなく、また夜間小窓を閉鎖し殊に昭和二十五年七月二十二日(土曜日)午後五時より同月二十四日(月曜日)朝までの長時間右倉庫の入口並びに小窓の鉄扉全部を閉鎖して密閉状態を続けて通風換気を計る等必要な措置をとらなかつたと認定している。しかし、右のように被告人が倉庫内のフイルムの点検をなすことなく、また夜間小窓を閉鎖し殊に昭和二十五年七月二十二日午後五時より同月二十四日朝までの長時間倉庫の入口並びに小窓の鉄扉全部を閉鎖して密閉状態を続けて通風換気を計らなかつた事実はあるけれども、これがために被告人が業務上必要な注意を怠つたものとはいえないことはすでに説明した通りである。記録を精査してみても被告人が何等かの業務上必要な注意を怠つたことを認めるに足る証拠はない。しかして、原審における証人鈴木太郎及び笹井明の各証人尋問調書によるとフイルムの自然分解は専門的知識を有するか又は実験をした経験のある者でなければ発見できないことが認められるので、被告人のように自然分解を見たことすらない者にとつてはフイルムの点検で容易にこれを発見することは不可能であるし、フイルムの現像の不完全なものがあつても現像の知識経験のない被告人には到底発見出来ないものであることは右鈴木太郎の尋問調書によつて明らかである。また、右尋問調書によると昭和二十五年七月二十二日午後五時から同月二十四日朝迄右倉庫を密閉していた事実は本件自然発火に影響のなかつたことも明らかである。従つて本件自然発火は被告人にとつては不可抗力であつたといわなければならない。また本件延焼の結果が発生したのは会社側が京都市危険物保安条例の精神に則り延焼防止につき完全な構造設備を有する貯蔵倉庫を築造していなかつた事実に基因するものであつて、被告人の過失に基くものではない。
第七、原判決は「前示火災の原因は前示倉庫内貯蔵フイルム特に製作年度の古いものの自然発火に基因する」と説示しているが本件火災発生当時本件倉庫内に右のような古フイルムの存在していたと認めるに足る証拠のないことはさきに説明した通りであり、本件フイルムの自然発火が本件の事情の下においては不可抗力であつたと認むべきこともさきに説明した通りである。
第八、原判決は本件の自然発火は被告人のフイルムの貯蔵方法が適正でなかつたことに基因すると説示しているけれども、記録を精査してみても被告人がフイルム係として本件フイルム保管につき適正でなかつた事実を認めるに足る証拠は少しもない。原審鑑定人鈴木太郎の鑑定書によると本件のようなフイルムの自然発火の防止にはフイルム貯蔵倉庫の構造設備を完備することが最も有効適切であることが認められる。しかしてかかる構造設備はさきに引用した条例に規定せられているところであるから、その不備は専ら営業主の責任である。
第九、原判決はフイルム自然発火の防止方法とフイルム自然分解五段階説を掲げ被告人が本件フイルム保管につき適正でなかつた証拠としているがその理由のないことは弁護人所論の通りである。
第十、以上説明の通り被告人には本件火災の発生につき業務上必要な注意義務を怠つた事実は認められない。従つて原判決は破棄を免れないので弁護人両名のその余の論旨に対する判断を省略し、当審で直ちに判決できるものと認め刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書の規定に従い次の通り判決する。
本件公訴事実は被告人は京都市左京区下鴨宮崎町百二十七番地所在映画フイルム製作業松竹株式会社京都撮影所に雇われ、所定の危険物取扱主任者免許証の交付を受けフイルム取扱主任者として同撮影所内フイルム貯蔵倉庫の管理及びフイルムの保管等の業務に従事していたものであるが、右貯蔵倉庫には昭和七年頃製作せるフイルム千瓩位、同八年頃製作のもの二百瓩位、同十一年頃製作のもの五百瓩位、同十四年頃製作のもの二百二十瓩位、製作年度不明の屑フイルム四百八十瓩位を含む約五千瓩余のフイルムが夫々容器に納めて貯蔵せられ、而も右倉庫は階下に高さ六尺位横三尺位の入口一ケ所及び階上南北に各々横一尺五寸高さ二尺の小窓各一ケ所を設けてあるに過ぎず而も夫々鉄扉を設置して昼間は之を開扉し夜間は閉鎖していたが、斯様な措置は室内の通風換気に欠くるところがある上昭和二十五年七月は気温並びに湿度共に高く古いフイルムが化学変化を起して分解による自然発火の危険があり同月十二日頃危険物検査のため特別査察に来所した所轄消防署係員から同倉庫内に異臭があり瓦斯が発生しているものと思料される故通風換気をよくすると共にフイルムの点検を充分にして発火の危険を防止すべき警告を受けたものであるが、斯様な場合フイルム取扱主任者としてフイルムを個別的に点検するは勿論夜間と雖も小窓、鉄扉等を開放する等常に災害の予防に注意し危険発生の虞あるときは直ちに相当の措置をしなければならない業務上の注意義務があるに拘らず、被告人は之を怠りフイルムの点検を為すことなく同月二十二日午後五時頃より同二十四日朝迄長時間右倉庫の入口並びに窓を閉鎖し通風換気を図る等の必要な措置を取らなかつた過失により前記倉庫内の古いフイルムが同月二十四日午前七時四十分頃自然発火して爆発し前記小窓から吹き出した火焔が附近の建造物に延焼し、其の結果人の現在する同撮影所建物及び人の現在する附近家屋、石川純一外十一名所有の住宅十二戸を焼燬するに至らしめたものであるというにあるが、犯罪の証明がないので刑事訴訟法第三百三十六条後段の規定に従つて主文の通り判決する。
(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 網田覚一 判事 小泉敏次)